ルヴァン・ゲリオン⑤
Episode Ⅴ 「男の戦い」
(EpisodeⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳからつづく)
「さあ、いいですか。それでは考えてきた文字を書いてみましょう。いきなり半紙に書くんじゃなくて、一度お家から持ってきた新聞紙で練習してから、書きましょうね。わかりましたか?」
「ハーー一イ」
クラスのほとんどがお決まりの白々しい声で返事をした。
ボクは先生の真ん前の席でバレないように小さくため息をついた。
問題は3つ…。
まず、一つ。
白々しいと思った訳は「ハーー一イ」という不必要に伸ばすのがボクは大嫌い。
先生だっていつもは返事は大きくキビキビとって言ってるじゃん。でもなんでこういう場面の時だけ「ハーー一イ」」と伸ばして言わせるのだろう。そしてみんなも疑問をもたずに無条件にそれを受け入れるの?
納得いかない。
だいたいハーー一イと伸ばす必要性がワカラナイ。
例えばね、誰かと面と向かって話しをしてるとする。
相手がひとしきりボクに喋ったあと、
「ハーー一イ」と言うだろうか?
ふざけるなって言われちゃう。ボクは鬼の形相でトトがカカに怒られているのを実際見ている。
「ハーー一イ」
と伸ばすのは相手のと距離がある時。
距離感って相手との関係性じゃないよ。
物理的な距離。
体育館の端と端。
「おーいわかったかー」「ハーー一イ」ならわかる。でもその時は訪ねる方だって語尾が伸びる。それを受けての「ハーー一イ」でしょ!
ましてボクは先生の真ん前。
一番後ろの子だって5人目。
先生とのみんなの距離はバラバラ。
なのにいつもおんなじリズムで。
「ハーー一イ」。
決まってハイフォン、3つ分。
ドリブルだって緩急だよ。
白々しい!
2つ目。
クラスのほとんどが返事をしたって注釈をつけたのはそう、僕は返事をしなかったんだ。
僕は嘘はつかない主義。あ、嘘とごまかすのは違うよ。ごまかしは生きてく上で大切なスキル。でも、嘘はダメだね。そのうち自分にも嘘をつくようになるってこれ誰かが…あ、トトが言ってた。トトは若い頃、ちょっとづつ自分に嘘をついてきたのは失敗だった。自分のダメなところをちゃんと向かいあってくれば良かったって僕に珍しくマジメな顔して話してくれた。そして話しながら脱いだ靴下を洗濯中のカカを横目で見ながらソファーの奥に隠す。だって、怒られるからね。僕はそれを見ながら思った。嘘はつかないってね。
そして3つ目。
ここが一番大事。
なんで僕は先生に返事をしなかったかって言う事。それは、ボクは一発勝負で半紙に字を書こうと思ってるからだ。慌てて習字セットを届けてくれたネネにはホントに申し訳無いけど。
でも男の子には守り抜かなければならないものがある。あとは目の前の敵をどう説得するかだ。心の中ではまさに「スティング」が雄叫びを上げた。勝負だ!
「はい、先生!」
ボクは「言葉を伸ばさず」に歯切れ良く声を出した。
「一発勝負でいきます」
目の前の敵は不意を突かれたようだ。
「一発勝負?」
ハートは熱く。頭は冷静に…。
「習字は集中力が大切です。僕は半紙に一発勝負でいきます」
「勝負?」
「はい。これは勝負です」
ちょっと強引な中央突破かな…。
「新聞…忘れた?」
敵はこちらを疑っているな…。
ボクは机の中からゆっくりと新聞を取り出し大きくあげ敵に見せつけた。
「はい。決して忘れ物をしてこんな事を言ってるわけではありません。家で練習もしてきました」
あれ?これは嘘か?いや、イメージトレーニングはしたぞ…。
「そ、そうですか。でも…」
その時クラスの後ろの方で声がした。
「せんせーい!新聞忘れちゃいました」
敵の視線がこちらからそれた。
敵が声のした方に歩き出す。
ボクは慌てて新聞をランドセルにしまう。
よし、守り抜いたぞ!
ボクの好きな赤黒のクラブとは違って守備的だったかもしれないけど。でも攻撃敵な守備だったはず。
なんとか乗り切ったよ。守りきった。
半紙よりも価値のある、古新聞。
このスポーツ新聞がいくらするのかボクにはわからない。だけど家族4人の埼玉往復分の価値がある古新聞だ。
心の音楽は「スティング」から「すすきのへ行こう」になった。
よし。あとは課題を片付けてしまおう。
ボクは深呼吸して半紙に向う。最初の一文字。景色の「景」の字を書き始める。
アレ?一画目は縦だっけ、横だっけ?
「すすきのへ行こう」のボリュームが急激に萎んでいく。
縦、横…
ネネ?どっちだっけ…!
…To Be Continued