CONTAkun’s diary

北海道コンサドーレ札幌サポでございます

ルヴァン・ゲリオン⑦

Episode Ⅶ

「北の果てで愛を叫ぶ」

 

 

 

「新聞届きました。ありがとうございます」

 

メールには確かにそう書いてあった。

いや、いや、いや。

あの新聞は目下、絶賛行方不明中。

今頃はたぶん、ゴミとして街の処理場に。

全ては自分のだらしなさ、からなんだけど。

 

一応、清掃局に電話はしてみた。

勿論、電話の相手は困惑していた。

話しをしていて僕は、いかに失礼な電話をしているのかと気づいた。

だって、いくら小さな街とは言え無限に回収した黄色い袋の中のスポーツ新聞の事なんて。

困惑気味に、しかし至極丁寧に答える電話の相手に僕は礼を言って、電話を切った。

 

それからの数日。

出来る限りの事はしてみた。

そして、諦めた。

 

あとの僕は、その事ばかり考えていた。

一体、親父に

「なんて言い訳しようかと…」

言い訳…。

この後に及んでまだ言い訳しようとしている自分が心底情けなかった。

妻からはすぐ電話しなさいと言われた。

 

「もう、うだうだ考えたってしょうがないでしょ。あやまるしかないんだから」

 

そうなんだ。こうなった以上、もうそうするしかないんだ。

そしたらまた親父は「わかった」とだけ小さく言うんだ。

よし…。電話しよう、…明日。

だって、今晩はもう遅い。老人の夜は早い。

…明日だ。明日の朝。

いやあんまり早くてもダメだ。

寝起きにかこつけたと思われる。

誠意がないと受け取られる。

明日の夜だ。それがいい。

でも、待てよ、明日は遅番だ。

あんまり夜遅いのはやっぱりさすがに…

って、なんで僕はそうやってなんでも先延ばしにする。昔から何にも変わってない。部屋の掃除が苦手なのも、すぐやればいい事を後回しにするのも、嫌な事からも全部逃げてばかりだ。

そう考えていたところだった。

「届きました」って

 

なぜ…。

 

その時、ふと遠くで声がした。

 

「なぜって…わからんのか」

 

あの無愛想の声。

 

えっ?

 

「なぜ私のもとに届いたのかおまえホントにわからんのか」

 

父の声だ…。

いや、わからないよ。

だってアレは大掃除の時に…

 

「おまえは家族の事ちゃんと見てるのか」

 

家族の事?

み、見てるよ…

 

「じゃあ。わかるはずだ」

 

え?見てるつもりだよ。

確かに仕事忙しいけど。

なんだったら最近じゃ、大きくなってから

あっちの方が僕の事を…

 

「本当にそうなのか?」

 

ホント?いやたしかに…

 

「トト〜!ちゃんとみてるわよ!」

 

え?

 

「そーだよ。カカに怒られてるのネネと一緒に見てるよ」

 

またどこからか声がした。

良く聴き慣れた二人の声。

 

「トト。ゴメーン。あのね、じつはねあの新聞僕が学校に持ってたの!」

 

…学校?

 

「ほら、それじゃトトわかんないでしょ。

習字の時間で使うのに新聞持ってたんでしょ」

「だから!今それを言おうと思ってだんだよ。倒置法だよ。ネネはすぐ言っちゃうんだら。 だいたいあの新聞渡した犯人はそっちだろ!」

「ちょっと待ってよ。人のせいにしないでよ。誰が学校まで届けたと思ってんのよ!」

 

おい、お前達、喧嘩はいい。

その先を、その先を続けてくれ。

 

「そんで、習字の時間が来たわけ。で、新聞見て気づいたんだ。なんとあの埼玉のルヴァン・カップの付録がついてんじゃん。アチャー。これ、ダメなやつだよって」

 

あの、新聞…捨てたんじゃ…。

 

「ネネにはせっかく届けてもらって、ホント申し訳ないんだけど。コレダメなヤツだから、なんとか守りきって家に持って帰らなきゃってね」

「確かに。あの日の新聞じゃしょうがないわね」

 

お前達…。

 

「で、新聞使わなくてて先生に怒られなかったの?」

「それが大変だったよ。でも大丈夫。ボク、トト譲りの屁理屈を先生にまくし立てて、なんとか切り抜けた。おかげで新聞に下書きなしの一発勝負でやってやった」

「ハハハ。屁理屈って。

で、なんて字書いたんだっけ?トトに教えてあげれば」

「はい、では発表です。その字は…『景色』でーす」

 

…景色。

そうか、守り抜いてくれたか。

あの日のあの景色を…。

そして僕と親父との約束の新聞を。

いや、で、でもその守り抜いた新聞が

どうして親父のもとへ。

 

「アンタ‼︎まだわかんないの!」

 

また別の声がした。

その声を聞くとまた怒られるといつもの癖で肩を上げて首をすくめちゃった。

 

「お仕置きよ!アンタが自分の部屋の片付けをしない事のね!」

 

お仕置き…

 

「いやー!トトまたカカに怒られた!」

「あんまり苛めないで上げてね!」

 

そ、そうか‼︎

 

「子供達が言ったのよ。おじいちゃんと約束してた新聞だって」

「だから私達で送っといたよ!」

「そう。ボク達の手紙もつけて!

だってねもうすぐお正月も近いでしょ!お年玉の件もあるしね」

「やー!打算的!」

「ネネ、打算的って何?」

「あとで説明してあげるわよ」

「どう?驚いた?」

 

知ってたのか…。

でも、あの新聞の約束までお前達…。

 

「トト〜。だからちゃんと見てるって言ったでしょ」

「ネネの言う通り!見てないようでボク達見てんだよ!トトはボク達の方ちゃんと見てる?」

「どうなの?子供達の方がアンタよりしっかりしてるわ」

 

そうだったのか。

僕は毎日ちゃんとお前達を見れていたのか。

仕事にかこつけてみたフリをしてるだけだったのか。

何にも見れてなかった…。

 

「わかったのか?」

低い声がした。

昔から僕の胸の奥を掴んで聞いてくる

あの声だ。

 

「うん…。わかった」

僕は子供のように答えた。

 

ありがとう。みんな。

あの埼玉の旅も、あの試合も。

やっぱり連れてったのは僕じゃない。

みんなが連れてってくれたんだ、

 

 

「よーし。やっと、わかったところでさぁ解散!アンタ達早く寝なさい!冬休みだからってダラダラした生活ダメだからね!」

「はーい!怒りだす前に寝るわよ」

「じゃあ、おじいちゃん。おやすみなさい」

「あぁ。おやすみ」

 

ちょっと、ちょっと待ってよみんな。

せっかく、せっかく集まったんだから。

集まったんだから…

もっと、もっと…。話そう!

 

「なんについて?」

「どうせトトの事だから…」

「コンサしかないか」

「お義父さん。もう少しいいですか?」

「あぁ、いいよ」

 

お見通しか…。

うん、でもやっぱりコンサの事がいい。

みんなとの僕の真ん中は…コンサドーレだ。

 

 

「じゃあ2019年、コンサについて一言」

「はーい僕から。うんとね。北海道コンサドーレ札幌。今年も色々ありました。ドームも行ったし。アンロペの落下もみれたし。厚別のナイターもみたし。そしてなんと言っても初遠征。何にしても沢山の新しい景色を見せてくれて…」

「見せてくれて?:

「…おめでとう‼︎」

 

おめでとう…

 

「えー何ソレ!ありがとうじゃないの!」

「ううん。ありがとうじゃないよ。おめでとう!だよ!いいよね!おじいちゃん!」

「あぁ。いいよ」

「トトも、ありがとうじゃなくて、おめでとうだよね」

 

そうだ。

ありがとう、じゃ、矢印がこっちに向いてる気がする。

相手に向けた、おめでとう…がいい。

 

「よし!OKが出ました。おめでとう」

「わかった。おめでとう」

「だれに?」

「おめでとう。選手のみなさん」

「じゃ私は、おめでとう。ミシャ監督」

「何言ってんの、おめでとう。社長」

「おめでとう。スタッフのみなさん」

「おめでとう。サポーターのみなさん」

「他には?」

「おめでとう。北海道‼︎」

「おめでとう北海道コンサドーレ札幌に関わる全ての人に‼︎」

 

うん

おめでとう

みんな おめでとう。

おめでとう、2019 年

そして、…そして

来るべき、希望の2020年に…

 

 

「おめでとう」

 

また…

来年、みんなでまた試合行こう…ね。

 

 

                                    …The end.

 

 

 

 

※この物語は昨年末の実話を元にしたご想像どおりのフィクションです。

もし最後まで読んで頂いた物好きの方がいらっしゃいましたら心からありがとうございます。

そして。また、いつの日かスタジアムにて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルヴァンゲリオン⑥

Episode Ⅵ「父との約束」

(Episode I・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴからつづく)

 

僕は父からのメールに激しく驚愕していた。

 

2019 年の年の瀬も押し迫った12月27日。

僕の心の中にはこの数日間、北の地で言うところの「ガス」がかかっていた。

その「ガス」の理由は父との約束を果たしてないからだ。

 

父との約束。

そんな難しい事ではなかったのに…。

 

 

父は僕が1歳の誕生日を迎える頃、突然、脱サラをし牧場をすると東京から北の地に降り立った。

それは父の比較的良き家庭で育った事への反抗だったのか。

いや、単純に生まれつきながらのへそ曲がりの性格からして必然だったのかもしれない。

ともかく妻と赤子を連れて道東の牧場に潜り込み働き、数年後流れ果てて北の国のそれも北の地で念願の牧場の主になった。

当時、必要最低限の労力でいかに牧場経営を成り立たせるかと言う事に主眼を置いた父の一風変わった方針は周りの農家からは随分と特異な目で見られていたはずだ。

でも父は、毎日の晩酌、ドラクエ、たまに息子を連れて行く映画館、自分へのご褒美と題して街に数軒しかなかった喫茶店でチョコレートパフェを食す事を楽しみ、ただ淡々と、しかし誰からも指図を受ける事なく優雅に。

経営者としてその牧場を三十数年続けた。

 

その間、僕は父から2度「後を継ぐか」と尋ねられた。

1度目は高3の春。その意思の最終確認のように尋ねられた。僕は小さい頃から牧場を継がないと父に宣言していた。そしてその時もいつもと変わらぬ答えを父に告げた。父は小さく「わかった」と言った。

2度目は僕が10何年後東京から帰ってきて

隣街で働き出し数年たった頃。職場の隣の喫茶店で。

父は翌年牧場をリタイアし、東京に帰ると僕に言った。実家の母屋は残し、雪のない時期だけ北海道で暮らすんだとチョコレートパフェを食べながら話した。

その時も僕は、高3の頃とは同じ答え、ただその時よりは幾分と丁寧に感謝の意を込めて父の誘いを断った。それは10数年の僕の東京でのほろ苦い生活で思った父への敬意を表したつもりだった。

でも父はあの時と変わらず「わかった」と言った。その父の小さな返事の際にこぼれたパフェのクリームが「consadole」と描かれたリュックに落ちた。

父は僕のいない間にパフェの他に楽しみ見つけたようだった。

 

そこから僕は少しずつ父の後を追いかけた。

 

雪のない間北海道にいる父とリュックに描かれたクラブの試合を観に行った。

5時間近くの運転を僕に任せたい思惑の父と徐々に赤黒に魅力に染まっていく自分との距離はそのクラブを中心に狭まっていったのかもしれない。父が僕に後を継ごうとさせたのはまるでそのクラブかと思える程に僕はそのクラブにのめり込んで行った。

その間、J2の苦楽も、昇格の歓喜も、J1の苦さも味わった。

いつのだったか父に「オヤジが死ぬまでタイトル取りそうないからその想いを俺が継ぐ」と対して面白くない冗談を言った事がある。

父は黙って笑っていた。

その冗談が今では少し恥ずかしく思えるくらいに赤黒のクラブは躍進を見せ、そしてクラブがついにその星を掴む舞台に立つチャンスを勝ち取った準決勝の日、僕はドームから自宅へ帰る途中、実家に寄った。

言葉でははっきりと出さないが父を決勝に誘う為だった。

僕は父が当然行くと思っていた。

だが決勝の何日か後に東京に戻る予定だった為か僕の誘いにのらなかった。いや、一緒にいる母の手前もあったのか。

 

「アンタが一緒にお父さんと行きたいってお母さんに頭を下げるベキだったんじゃない。そうすれお父さんの顔もたったんじゃない」

実家から自宅へ帰る車中、妻が言った。

実家を出てから僕も同じ事を考えていた。そう僕が言うのを待っていた気がする。

「ホントはおじいちゃん行きたそうだったよ」

後部座席から珍しく息子が身を乗り出し運転する僕の顔を覗き込む。

「行きたいに決まってるじゃない。私達の何年も前から見てきてるのよ。沖縄までキャンプも観に行って、なんで初タイトルの決勝を見ないのよ。お母さんもいかしてあげればいいのに」

妻のダメ押しにハンドルを握る僕は黙ってアクセルを踏むしか出来なかった。

結局、僕は父のいない埼玉スタジアムであのドラマを味わった。その句読点のない物語から現実に戻った数日後、父からスポーツ新聞の付録「ルヴァン杯準優勝の軌跡」を買って送るようメールがきた。「新聞代は振り込みました」と添えられて。

行きたくても行けなかった、その日のドラマが乗っているその新聞を父は僕に頼んだ。確かに実家から新聞を買うには車で30分ほどかけないと手に入らない。でもそうじゃない。なぜ父は自分で買わずに頼んだのか、その短い文面でも僕にはわかった。

メールのきた日にすぐ新聞を買い、銀行に行くと父から新聞代が振り込まれていた。

思ったとおりだった…。

その新聞代は家族で埼玉スタジアムに往復するくらいの金額だった。

 

その大事な新聞を僕は無くしてしまった。

父親譲りの整理整頓の苦手ぶりのせいで。

 

無くしてしまった事がわかった数日間。

心にガスがかかる中、僕は色々と手を尽くした。だが2カ月前の新聞はとうとう手に入らなかった。

父へのいい訳をどうしようか。

いや、どう返答したところで父は小さく

「わかった」としか言わないからこそ、かえって連絡ができなかった。

 

逃げちゃダメだ…。

そう思った日の夜。それを見越したように父の方らメールがきた。

そして目を疑った。

そのメールにはこう記してあった。

 

「新聞届きました。ありがとうございます。」

 

ガスは晴れなかった。

晴れるどころか益々濃くなった…。

 

            …To Be Continued

 

 

 

 

ルヴァン・ゲリオン⑤

Episode Ⅴ 「男の戦い」

(EpisodeⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳからつづく)

「さあ、いいですか。それでは考えてきた文字を書いてみましょう。いきなり半紙に書くんじゃなくて、一度お家から持ってきた新聞紙で練習してから、書きましょうね。わかりましたか?」

 

「ハーー一イ」

クラスのほとんどがお決まりの白々しい声で返事をした。

 

ボクは先生の真ん前の席でバレないように小さくため息をついた。

 

問題は3つ…。

 

まず、一つ。

白々しいと思った訳は「ハーー一イ」という不必要に伸ばすのがボクは大嫌い。

先生だっていつもは返事は大きくキビキビとって言ってるじゃん。でもなんでこういう場面の時だけ「ハーー一イ」」と伸ばして言わせるのだろう。そしてみんなも疑問をもたずに無条件にそれを受け入れるの?

納得いかない。

だいたいハーー一イと伸ばす必要性がワカラナイ。

例えばね、誰かと面と向かって話しをしてるとする。

相手がひとしきりボクに喋ったあと、

「ハーー一イ」と言うだろうか?

ふざけるなって言われちゃう。ボクは鬼の形相でトトがカカに怒られているのを実際見ている。

「ハーー一イ」

と伸ばすのは相手のと距離がある時。

距離感って相手との関係性じゃないよ。

物理的な距離。

体育館の端と端。

「おーいわかったかー」「ハーー一イ」ならわかる。でもその時は訪ねる方だって語尾が伸びる。それを受けての「ハーー一イ」でしょ!

ましてボクは先生の真ん前。

一番後ろの子だって5人目。

先生とのみんなの距離はバラバラ。

なのにいつもおんなじリズムで。

「ハーー一イ」。

決まってハイフォン、3つ分。

ドリブルだって緩急だよ。

白々しい!

 

2つ目。

クラスのほとんどが返事をしたって注釈をつけたのはそう、僕は返事をしなかったんだ。

僕は嘘はつかない主義。あ、嘘とごまかすのは違うよ。ごまかしは生きてく上で大切なスキル。でも、嘘はダメだね。そのうち自分にも嘘をつくようになるってこれ誰かが…あ、トトが言ってた。トトは若い頃、ちょっとづつ自分に嘘をついてきたのは失敗だった。自分のダメなところをちゃんと向かいあってくれば良かったって僕に珍しくマジメな顔して話してくれた。そして話しながら脱いだ靴下を洗濯中のカカを横目で見ながらソファーの奥に隠す。だって、怒られるからね。僕はそれを見ながら思った。嘘はつかないってね。

 

そして3つ目。

ここが一番大事。

なんで僕は先生に返事をしなかったかって言う事。それは、ボクは一発勝負で半紙に字を書こうと思ってるからだ。慌てて習字セットを届けてくれたネネにはホントに申し訳無いけど。

でも男の子には守り抜かなければならないものがある。あとは目の前の敵をどう説得するかだ。心の中ではまさに「スティング」が雄叫びを上げた。勝負だ!

 

「はい、先生!」

ボクは「言葉を伸ばさず」に歯切れ良く声を出した。

「一発勝負でいきます」

目の前の敵は不意を突かれたようだ。

「一発勝負?」

ハートは熱く。頭は冷静に…。

「習字は集中力が大切です。僕は半紙に一発勝負でいきます」

「勝負?」

「はい。これは勝負です」

ちょっと強引な中央突破かな…。

「新聞…忘れた?」

敵はこちらを疑っているな…。

ボクは机の中からゆっくりと新聞を取り出し大きくあげ敵に見せつけた。

「はい。決して忘れ物をしてこんな事を言ってるわけではありません。家で練習もしてきました」

あれ?これは嘘か?いや、イメージトレーニングはしたぞ…。

「そ、そうですか。でも…」

その時クラスの後ろの方で声がした。

「せんせーい!新聞忘れちゃいました」

敵の視線がこちらからそれた。

敵が声のした方に歩き出す。

ボクは慌てて新聞をランドセルにしまう。

よし、守り抜いたぞ!

ボクの好きな赤黒のクラブとは違って守備的だったかもしれないけど。でも攻撃敵な守備だったはず。

なんとか乗り切ったよ。守りきった。

半紙よりも価値のある、古新聞。

このスポーツ新聞がいくらするのかボクにはわからない。だけど家族4人の埼玉往復分の価値がある古新聞だ。

心の音楽は「スティング」から「すすきのへ行こう」になった。

よし。あとは課題を片付けてしまおう。

ボクは深呼吸して半紙に向う。最初の一文字。景色の「景」の字を書き始める。

アレ?一画目は縦だっけ、横だっけ?

「すすきのへ行こう」のボリュームが急激に萎んでいく。

縦、横…

ネネ?どっちだっけ…!

 

           …To Be Continued

              

                           

月はどっちに出てますか?

凍てつく寒さのホームタウンで

「じゃぁ来シーズンね」と「握手」を交わしたあの日からもう、何日が経ったのだろう。

 

それからサンタがやってきて、年が明け、ゲーフラを作り、深井が濃紺のユニであらわれ、荒野と武蔵が自転車にのり、Twitterでワニが死んだ。

流行り病の事の重大さが日に日に増して、テレビからの喧騒が心を曇らせ、人のこころがギスギスして、笑みを欲し出した頃、小さい頃に「後ろと」叫び続けた志村が死んだ。

 

あの極寒の札幌で、誰一人フルネームすら知らない人達と終電間際に別れを告げて一人ホテルに帰った夜。

滑る足下を気にしながら行き交う人々と軽く肩が触れ合っても声を荒げる事無く笑顔の会釈で済ませ、その笑顔のまま視線を上げた夜空にはたして月は出ていたのかは今となっては遠い昔のようで思い出せない。

あの夜の街中にこんな未来を想像していた人なんて誰もいなかったし、もし想像していたら

もっと感傷的な別れの挨拶もできたような気がする。

 

現在。過去。未来…

昔の唄に出てくるような歌詞で毎日、2週間前の答え合わせをさせられ、そのさなかに2週間後に一人づつ名前を呼ばれて返ってくる答案用紙に自信のない答えを書き続ける日々は、ちょっとの思い出を過大に拗らせるには充分な授業だ。

 

大好きなフットボールも取り上げられてなお思い出すのは、言葉狩の猟師の目を機敏に交わしながら北の大地に「支援」してくれる赤と黒のフットボーラーの事ばかり。

描いていた世界では、「2週間」という時間はそのフットボーラー達を大声で叫び、またホームへ戻ってくる時間だったはず。そんな答え合わせを今頃してるはずだったし、初めて作ったゲーフラを掲げ、そんな「日常」を楽しむはずだった。

 

スーパームーンの今宵。

北の果ての町では厚い雲が空を覆い、月は出ていない。

でも、

その空の雲がちょっと老朽化した競技場名物の風に追いやられて晴れ渡る日は必ず来る。

なんの根拠もない「願い」というエビデンスを信じて。

その時はね、サッポロビールを飲んで、この前のホームの試合じゃ見れなかった月が2週間後の今日は綺麗だよ、と話そう。

 

そんな現在、過去、未来を妄想してやっぱり今夜もサッポロビールを飲む…

 

そちらでは月はどっちに出てますか?

 

 

 

 

 

バトン

その日のホストは確かに赤と黒の服を着た親父だった。

 

どこか得意げに大谷地駅から道のりをゲストに案内する父は、はやる気持ちが歩くスピードにあらわれてしまい、まだ小さかった娘を抱きながら歩く僕とそのマイペースなスピードに懸命についていくもう一人のゲストの妻に不評だったかも知れない。

でも良く晴れ渡った青空はそれでも僕ら夫婦にも笑顔を促し、なんだか自然と手を繋いでしまった。

 

会場に着き賑わう人混みの中立ち止りリュックから出したチケットに手書きで対戦相手を書き込むと僕らに手渡し、

「お前はまだ必要ないよ」と軽く娘の頭を撫でた。

 

妻と僕は顔を見合わせた。

 

娘が産まれたとき病院に面会に来て「抱いてみてください」というごく普通の妻のお願いを頑なに最後まで拒否した風変わりな親父にしてはその行為はちょっと不釣り合いで、娘も生まれて初めて目にするテレビアニメのキャラクターを見るような顔で祖父を見上げた。

 

満点の厚別の良き天気が父をそうさせるのか?

それともフットボールがそうさせるのか?

 

席についた僕は父から手渡されたビールを飲みながら考えた。

高校を卒業して上京する朝…。

父は搾乳があるからと特に別れの言葉をいう事もなく僕より早く家を出た。

それは後継ぎをしない息子への冷たい仕打ちというよりも照れ臭さを隠すいつもの行為だと思った。

母に見送られ家を出、数年前に廃止になった鉄道のまだ残る線路を渡ってふと振り返ると

そこには絵葉書のような北の大地の牧場の風景と三角の屋根の実家が見える。

そしてその横に寄り添うようにたつ大きなパラボラアンテナが遠くからでも分かった。

 

あのアンテナは「イタリアワールドカップ 全試合放送」の文句に小躍りした僕が父にねだった代物だった。

 

1つのビデオをフル活用してなんとか全試合を録り終えた僕は、その後3か月間各試合をそれこそテープが擦り切れるほど見た。

海外の実況を真似てボールの渡る先の選手の名前を淡々と呼ぶ僕の後ろには何故だかよく父が一緒にいた。

ルーパスという言葉も、

リベロバレージも、

アフリカの身体能力も、

バルデラマの古典的サッカーの事も

父は黙って聞いていた。

フットボールが持つワールドワイドな側面。

それとは相反しクラブチームというその地域に根を張る存在。

ナポリの王様だったマラドーナがイタリアワールドカップでボールを持つ度にブーイングを受ける悲哀を。

そんなことを得意げに話す息子を父はどう思っていたのだろう。

ときおり選手のプレイに感嘆をもらす父に向かって

「あれはスキラッチだよ」と話す息子に父は目を合わす事なく黙ってうなずいていた。

 

無愛想な父に初めて厚別に、初めてのJリーグに誘われたのは、パラボラアンテナを振り返って見た10数年後だった。

「お前がいなかった時代」に北の地にできた

フットボールクラブを僕に見せる父は

あの当時の僕のように赤黒の選手の名前を淡々と言って見せた。

僕はなんだか不思議な気持ちになった。

 

やがて赤と黒のチームが相手ゴール前でFKを得る。

その数十秒後。

体格のいい褐色のブラジル選手が相手チームのゴールへ見事に突き刺すと咆哮をあげこちらに向かって走ってきた。

その選手につられるように立ち上がった父は拍手をしながら僕に

「立ちなさい」と言った。

 

昔、無口な父がこちらに向かって何か言う度に強烈な拒否感を覚えたのに、その時は引き寄せられるように立ち上がる。

父を真似るかのように胸の前で静かにでも熱く手を叩いた後、赤黒の服を着たそのホストは僕に向かってこう言った。

 

コンサドーレ札幌のフッキだ」

 

僕はあの時の父のように黙ってうなずいた。

父に渡したフットボールのバトンが10数年後、ホームに帰って来た僕に戻ってきた。

 

フットボールの持つ力。

 

その時。

厚別の気まぐれな風が立ち尽くす僕と父を吹き抜けた。

厚別の風の力は、僕達親子を

子供の頃以来の握手をさせた…。

 

 

ルヴァン・ゲリオン ④

Episode Ⅳ 「風と沈黙。」

(EpisodeⅠ・Ⅱ・Ⅲも是非)

2019年12月某日。

「水」は高い所から低い所に流れる…。

これが自然の摂理だとすれば、この家の摂理は妻から夫への「圧」が流れる。

それは決して妻が高い所にいる訳では無く、

夫が低い所、それも自からの行いでそこに身を置く性質を持つらしい。

 

昨日とはうってかわってよく整えられた夫の部屋で二人の沈黙は長く続く。

整えたのはこの部屋の主では無い事がこの沈黙の会議の主題のようだ。

参加者は沈黙を破る権利を持つものとその終わりを待つものしかいない。

そして傍聴席には猫が2匹体を寄せ合ってる。

 

しかし今夜、無鉄砲にも沈黙を破ったのは終わりを待つものだった。

 

「旗とかタオマフをあそこに飾ってくれたんだ。アレいいね!テンションが上がる」

その手法は、そこでの問題を一時的に棚上げし新たに別の話題を持ってくる。しかも相手への称賛という隠し味を忍ばせ。

これを世間では「誤魔化す」と呼ぶらしい。

しかし夫はその時、妻が小さくため息を吐くのを見逃さなかった。

風が吹いた。たたみかけるんだ。

夫が話し続ける。

「こうして我が家もみんな健康に一年を過ごせた。振り返るといい一年だったんじゃないかな。なおかつ!コンサも来季もJ1で戦おうとしている!」

最後の赤黒クラブの話はこの場面では蛇足だったか。夫は必死に風を読む。

「それと…」

妻が沈黙を破る。

この家では彼女が口を開く事で始めて沈黙の終わりを合図する。

それまでの夫の独白はそれこそ風にも値しないだ。

夫は考える。ここでの「最適解」はなんなのか。

子供達の出来事を付け加え、いざとなったら頼りになる父としての威厳を匂わすか。

はたまた、やはりこの師走の頃にこの部屋の浄化に時を割いた妻に感謝を述べ夫の顔を出すか?。

いやいや8%から10%に変わった税に対する社会に生きる者の所見を述べ、来るべき来年の我が家の経営について長である妻への進言を贈呈するか。

傍聴席の猫がその議論の答えを促す声を上げた。

猫…。

それは夫にとっての助け舟になった。

「それと…家族が増えた。2人も!」

閃きは全てを解決させる。猫を抱き寄せ膝下に

置き事態の打破に最適解を夫は放った。

「…そうね」

その放物線は福森の左足の如く妻に届いたのか。確かに風はかわった。

「…確かに家族も増えたしね。ルヴァンの決勝にも行ったし」

妻は自らが飾った赤黒のグッズを眺めながら言った。その目は札幌を通りこし海を越え埼玉のあの左足が輝いた埼玉スタジアムに届いているのかもしれない。

壁に飾られたフットボール界のマーロンブランドのフラッグの深い皺を眺めながら、あの日の思い出を呼び戻す。

皺の数ほどの喜びと悔しさがあの旅にはあった。その旅を言葉に記し、誰かに語る才能を持った者はこの家にはいなかった。

いや。妻と一緒にその旗を見上げる夫の顔は自分への勘違いと希望をこじらせる間抜けな表情が浮かぶ。

その事こそがこの事態を招いた事などもう、すっかり忘れて。

 

「みんなに感謝しなきゃダメよ」

 

我が家のゴッドファーザーは夫の心の中までたしなめる事を忘れない。

そして、「お父さんも一緒に行きたかったね」

と静かに言った。

しかし、赤黒のクラブのサポの先輩の名前を出した時、夫の胸の中に風が吹いた。

「今度はお父さんも連れて行こう。いや連れてって貰おうか」

本来ならこの部屋に平穏を呼ぶはずの妻の言葉に夫はその胸の風の尻尾をを掴む。

「新聞‼︎」

その声に猫が膝から慌てて飛び上がる。

「親父に言われてたんだ。ルヴァン総集記事の新聞送れって!」

「アンタ何日経ってるの!」

風は胸を飛び出し部屋に吹き始めた。

「捨てちゃった…?」

下から上に柔らかい圧をかける。

「とってあるわよ!」

先程よりは強く深いため息をつき

妻が立ち上がりリビングに向かう。

その背中に今度は夫が安堵の息をもらす。

これは明日の一番で送らねば。

あの旅のスポンサーに怒られる。

こういう所だ、俺のダメなとこ。

珍しくそう反省した時リビングから更なる強風が吹き込んできた。

そう、この北の地の風物詩の。

 

「ちょっとここに置いてあった新聞は‼︎‼︎」

 

風ではない、ブリザードだ…。

           …To Be Continued

 

 

 

 

 

ルヴァン・ゲリオン ③

Episode Ⅲ「アスカ、今日か」

(Episode Ⅰ・Ⅱ 未見の方は是非…)

「ネネ、新しい「ケシキ」のシキはムラサキシキブのシキ?」

不意の質問に寝不足もあってか、質問を理解するまで時間を要した。

昨日は1時頃までちょっと参考書を開いていて、でもその割に今朝は珍しく気持ちよく早起きできた。

弟の質問はいつも唐突に、そして鋭角にくる。

えっと…ケシキ?「景色」か。

で、質問はなんだっけ…。

「ねえ聞いてる?ムラサキシキブのシキかって聞いてるの‼︎」

弟は膝下の猫に食事を与えてるかのように朝食の食パンをボロボロとこぼしながら私からの答えを急かす。

あ…、紫式部ね。

しかし「式」を尋ねるのに紫式部を持ってくるところと景色の「シキ」がわからないアンバランスさ。そんな弟に答えを言う前に思わず笑ってしまった。

「またそうやってバカにして笑う!早く産まれたのはそんなに偉いのか!」

弟の白熱ぶりを覗くように猫が朝食のお代わりを待っている。

「ごめん、ごめん。イロよ。色。紫色の」

「紫イロ?あってんじゃん!紫色武で!」

私は小さく息を吐きこれ以上彼のプライドを傷つけないように努めて冷静に言った。

「何で式を聞くのに紫式部を出すの。だからこんがらがるの。色鉛筆のイ・ロ」

「あっ色か…。ネネだって紫色って言うからこんがらがるだよ」

「じゃあ何色で言えばよかった?」

弟はニヤリと笑った。

「それは血を争えない!赤黒、一択でしょ‼︎」

7つ離れた弟の得意げな顔を見て

それは2択だよと言うのはやめといた。

 

父も母も早くに出かけた朝。

学校へ行くまでの時間。

弟とこうして意味があるようで、ない会話をするのは嫌いではなかった。

例えば母がいれば会話にあっという間の答えを出してしまい、父がいれば会話があらぬ方向に進んでいってしまう。

同級生ともまた違う彼との会話はたぶん他の小学3年生とは違う弟との趣向も相まってけっこう楽しい。

「先週の習字の授業の時さ、今度の金曜の授業の時まで2文字の単語を決めて来いって先生に言われたんだ。まぁ明日まで決めればいいんだけど俺は余裕を持って決めたいタイプなんだ。そうしないといい作品は書けないでしょ?」

余裕を持って起きた事ないくせに…。

「それで今朝、閃いたんだ。トトがよく言う『景色』はどうだろうと思ってさ」

「なるほどね。いいんじゃない」

相槌を打ちながらオレンジジュースをのむ。

このオレンジジュースはなんだかいつもよりすっぱい。たぶん父が母に頼まれ買ってきたんだろう。そういう所、というかサッカー以外はまるで無頓着だ。だって一度も見た事ないパッケージ。そう、新しい景色。

自分で思って少し笑った。

「何?何が面白いの?」

「いや、ちょっとトトの事思い出して」

「そりゃ笑うは。あっそう言えば」

また唐突に何かを思い出したようだ。

「昨日変な夢見てね。何故かトトが隣で寝てんだよ。そしてね、ぶつぶつなんか言ってるの?

ね!へんな夢でしょ」

「ふーん」

でもそれ夢じゃないわよ。

昨晩…

トトの部屋の掃除を巡って一悶着いや、カカの一方的な襲来があったのは参考書を読む私の部屋まで届いていた。あの二人は暇さえアレはいい争っている。

この間の家族4人での埼玉スタジアムへの初遠征の時だってすき焼きは豚がいいか、牛がいいかもめてた。なんでそんな話になったかまるでわからないけど保安検査場への列の中でよく見る二人がなかなかの声でそれぞれの肉の優位性をいいあってるのを見て、この二人は会話を楽しんでるんじゃないかと思った。

そう、私が弟との会話を楽しむように…。

確かに血は争えないとはよく言ったものね。

さてと…かの弟はもうすっかり朝食を切り上げベンチコートを着込んでランドセルを肩に引っかけている。なんでも友達と教室一番乗りを競っているらしい。そういう所は男子の小学3年生。「お先です」と、今度は大人びたセリフを言う。リビングを勢いよく飛び出していく背中に「忘れ物してない!」

そう声をかけたのだが返事は玄関のドアが閉まる音だった。

さてと、私も今日は早めに行こう。

今週も今日で学校に行けば終わり。

そしてもうすぐ2学期も終わり…。

ん?今週は今日で終わり?金曜日…。

今日は金曜日よ…。

「習字の授業は明日じゃない今日よ‼︎」

私は弟の部屋から習字セットをなんとか探し出した。そしてリビングのテーブルの上に無造作に置かれたスポーツ新聞をその中に入れ、慌てて弟のあとを追う。

「あーあ。今日はちょっと遠回りだ。せっかく早く起きたのに」

そう言って出た外は眩しい太陽によって雪がキラキラ光る。

 

それはいつもの朝の「景色」だった…。

             …To Be Continued