ルヴァン・ゲリオン ④
Episode Ⅳ 「風と沈黙。」
(EpisodeⅠ・Ⅱ・Ⅲも是非)
2019年12月某日。
「水」は高い所から低い所に流れる…。
これが自然の摂理だとすれば、この家の摂理は妻から夫への「圧」が流れる。
それは決して妻が高い所にいる訳では無く、
夫が低い所、それも自からの行いでそこに身を置く性質を持つらしい。
昨日とはうってかわってよく整えられた夫の部屋で二人の沈黙は長く続く。
整えたのはこの部屋の主では無い事がこの沈黙の会議の主題のようだ。
参加者は沈黙を破る権利を持つものとその終わりを待つものしかいない。
そして傍聴席には猫が2匹体を寄せ合ってる。
しかし今夜、無鉄砲にも沈黙を破ったのは終わりを待つものだった。
「旗とかタオマフをあそこに飾ってくれたんだ。アレいいね!テンションが上がる」
その手法は、そこでの問題を一時的に棚上げし新たに別の話題を持ってくる。しかも相手への称賛という隠し味を忍ばせ。
これを世間では「誤魔化す」と呼ぶらしい。
しかし夫はその時、妻が小さくため息を吐くのを見逃さなかった。
風が吹いた。たたみかけるんだ。
夫が話し続ける。
「こうして我が家もみんな健康に一年を過ごせた。振り返るといい一年だったんじゃないかな。なおかつ!コンサも来季もJ1で戦おうとしている!」
最後の赤黒クラブの話はこの場面では蛇足だったか。夫は必死に風を読む。
「それと…」
妻が沈黙を破る。
この家では彼女が口を開く事で始めて沈黙の終わりを合図する。
それまでの夫の独白はそれこそ風にも値しないだ。
夫は考える。ここでの「最適解」はなんなのか。
子供達の出来事を付け加え、いざとなったら頼りになる父としての威厳を匂わすか。
はたまた、やはりこの師走の頃にこの部屋の浄化に時を割いた妻に感謝を述べ夫の顔を出すか?。
いやいや8%から10%に変わった税に対する社会に生きる者の所見を述べ、来るべき来年の我が家の経営について長である妻への進言を贈呈するか。
傍聴席の猫がその議論の答えを促す声を上げた。
猫…。
それは夫にとっての助け舟になった。
「それと…家族が増えた。2人も!」
閃きは全てを解決させる。猫を抱き寄せ膝下に
置き事態の打破に最適解を夫は放った。
「…そうね」
その放物線は福森の左足の如く妻に届いたのか。確かに風はかわった。
「…確かに家族も増えたしね。ルヴァンの決勝にも行ったし」
妻は自らが飾った赤黒のグッズを眺めながら言った。その目は札幌を通りこし海を越え埼玉のあの左足が輝いた埼玉スタジアムに届いているのかもしれない。
壁に飾られたフットボール界のマーロンブランドのフラッグの深い皺を眺めながら、あの日の思い出を呼び戻す。
皺の数ほどの喜びと悔しさがあの旅にはあった。その旅を言葉に記し、誰かに語る才能を持った者はこの家にはいなかった。
いや。妻と一緒にその旗を見上げる夫の顔は自分への勘違いと希望をこじらせる間抜けな表情が浮かぶ。
その事こそがこの事態を招いた事などもう、すっかり忘れて。
「みんなに感謝しなきゃダメよ」
我が家のゴッドファーザーは夫の心の中までたしなめる事を忘れない。
そして、「お父さんも一緒に行きたかったね」
と静かに言った。
しかし、赤黒のクラブのサポの先輩の名前を出した時、夫の胸の中に風が吹いた。
「今度はお父さんも連れて行こう。いや連れてって貰おうか」
本来ならこの部屋に平穏を呼ぶはずの妻の言葉に夫はその胸の風の尻尾をを掴む。
「新聞‼︎」
その声に猫が膝から慌てて飛び上がる。
「親父に言われてたんだ。ルヴァン総集記事の新聞送れって!」
「アンタ何日経ってるの!」
風は胸を飛び出し部屋に吹き始めた。
「捨てちゃった…?」
下から上に柔らかい圧をかける。
「とってあるわよ!」
先程よりは強く深いため息をつき
妻が立ち上がりリビングに向かう。
その背中に今度は夫が安堵の息をもらす。
これは明日の一番で送らねば。
あの旅のスポンサーに怒られる。
こういう所だ、俺のダメなとこ。
珍しくそう反省した時リビングから更なる強風が吹き込んできた。
そう、この北の地の風物詩の。
「ちょっとここに置いてあった新聞は‼︎‼︎」
風ではない、ブリザードだ…。
…To Be Continued