フットボールの思い出。
僕等は2時間目と3時間目の休み時間
少し早い食事を取る。
もうその時間が時間割に
書かれた昼休みかのように。
アスリートにとって食は大事な要素だって事を
育ちざかりの僕達は誰に教わるでもなく知っていた。
3時間目の始業を知らすチャイムは
さながら「もう布団に入りなさい」という母の声。
それぞれの母のおかずの匂いが広まった教室にはその匂いとともに、
黒板に削られる白亜の音が心地よく響く。
子守唄に囁かれたアスリートの僕達は
迫りくる試合に備えしばしの眠りにつく。
そうやって3時間目をやり過ごし、
次の4時間目には学校指定の運動靴の紐を結びながら釈放の知らせを待つ。
気の早い者は座りながらアキレス腱にもうすぐ試合だと知らせ始める。
あと10分。5分…。
頭の中では各自のミーティングだ。
昨日の反省と今日へのシュミレート。
浮き足立つ心と体を時間を黒板の横の壁時計をジッと見る事で落ち着かせる。
あと3分、2分、1分….。
チャイム。集合の合図だ。
ロッカールームから飛び出す僕達の背中には
残った者の「起立、礼」という激励が浴びせられる。
我一番と試合会場に走り出す僕達には試合前にもう一つピッチ設営という役割りがある。
ある者は倉庫からゴールを運び出し、ある者は得点表をステージに上げ、ある者は普段は手で扱われている白いボールを片手に会場に集まる。
両チームとも黒のユニを着た10数名の選手たちはそれぞれのポジションにつきお互いの顔を見合わせ頷く事で、さぁ試合開始だ。
昼休み。
体育館。
バレーボールでのフットボール。
そこには敵味方に別れた高校3年生の僕達が
授業では決して見せない顔で白いボールを追いかける。
毎日、飽きもせずゴールを目指し続けた昼休み。
サッカー部、バレー部、帰宅部、いじめっ子、
いじめられっ子、進学する者、就職する者、
家業を継ぐ者、上京する者、札幌に出る者、地元に残る者…。
そんな僕達の1年間のフットボールの終わりを告げるチャイムが体育館に響く。
名残惜しそうに膝に手を当て、
そして明日は卒業式の日。
僕達は誰からと無くハグをした…。
北海道にまだプロのサッカーグラフが、
いや日本にまだプロリーグさえ無い時代の田舎の、ちょっとズボンの太い少年達のサッカーは今日で最後。
みんな明日からの日々に希望だけを抱いていた訳ではないし、無限の可能性なんて偏差値の意味さえ知らない僕達には無縁の言葉だったはず。声援も罵声も監督からの指示も飛ばない僕達のフットボールが最終節を迎えただけ。そして誰かが「大人になったらまたやろう」と言った….。
あの日から30年弱。
もちろん、試合は一度も行われてない。
あの体育館も教室も今はもうない。
みんな元気にやってるかなぁ。
サッカー見てるかな。
コンサの試合見てる奴いるかな。
ある日突然ドームで逢えたら、
どんな顔するだろう…。